期間 平成25年9月26日〜10月1日(競技開催日9月29日〜10月1日)
 
 埼玉県チームは9月26日の公開練習初日から会場入りしました。
公開練習の予約は26日3ラウンド、27日2ラウンド、28日1ラウンドとなっていましたが台風の影響でクレーが踊っているのと何となーくセットされているために、規定よりかなり飛んでいることを考慮して初日は2ラウンドで切り上げました。

公開練習を計5ラウンド撃って、いよいよ本番です!

私は24組中の23組に入っていますので初日は時間をつぶすのに難儀をしました。
開会式や各都道府県の記念撮影などもあるため、当日は7時30分に会場入りしました。
私は23組なので公式スケジュール的に14時38分スタートですから約7時間射撃場で待たなければなりませんでした。

山口国体のように開会式を前日に行ってしまえば、当日は12時くらいに会場入りすれば良いのですが、そうも行きません。
更に言えば公式スケジュールでは2日目の3ラウンド目が最終組で16時22分スタート16時50分終了となっていますが、実際には16時40分過ぎにスタートで17時10分くらいに終了しました。
もう15枚過ぎくらいから日は落ち、曇りだして、かなり暗くなってしまいました。

これも開会式を前日の行っていれば初日のスタート時間を早める事もできますので夕暮れの中、競技する事も無かったのでしょう。
もちろん全てのラウンドを良い条件で撃ち切れる選手もいる事でしょう。
しかし、このような射順の運、不運も含めての国体競技なので、これを乗り越えないと表彰台は見えてこないのです。

しかし夕暮れの中で競技した私よりも、もっと不運だったのは1組2組の選手です。
開会式が予定よりも長引いたにもかかわらず競技開始時間の変更は特に無く10分くらいの時間で銃を出して、弾を受け取り、射撃の準備をして据銃練習する間もなく、競技スタートとなったからです。

中にはクレー放出に間に合わなかった選手もいたそうです。
開会式直後ですのでイスをかたしてテーブルをセットするなど、テント内は混乱していますし、当然テント近くは追い出された各都道府県の選手で、ごった返していて銃の組み立ても落ち着いて出来る状況ではありませんでした。

こうして、東京国体本番は慌ただしく競技がスタートしたのです。

私は最終組なので1ラウンド目終了の全体スコアーを見に行くと、なんとほぼ90人が10点台、20点以上が40人位、22点以上は何と8人でした。
全体スコアーが悪くなるのは成田射撃場ですので予想をしていましたが実際にこんな壊滅的状況になるとは、思っていませんでした。

私の出番が近づく中、これはチャンスなのか?それともピンチなのか?と複雑な気分でした。
結果は17点で馬群に埋もれてしまいました。

公式戦で4連荘で外したのは2年半以上前の東京公式で、もちろん成田射撃場なのですが、それ以来のことでした。
自分の射撃的には全て当たりのはずなのですが、なぜかクレーが割れません。

本人は外している感覚が無かったので5番射台から1番射台に戻る時にスコアーボードを見て素でビックリしました。
で、記憶をたどると、う〜む....確かに4枚続けて外したなと。
感覚的には悪い所が特に無く、あぁ...これって兵庫国体の時の1ラウンド目と同じだ!と思い出しました。

まぁ、今日はこれで終わりだし明日は大丈夫だろうと、根拠のない自信?で初日を終了しました。

福岡の尾上さんと久々の再会、応援に来た長女と長男と一緒に記念撮影

京都の二上君と記念撮影
彼は今回京都チームの監督さんです

岐阜県のスキート選手、三尾さんと記念撮影

2日目の夕食を食べに、焼肉屋さんに入ると、そこには千葉県チームが!
3ラウンド終了して埼玉県が千葉県より1点勝っていたらしく「明日は気合を入れていくぞ」と激を飛ばされました

埼玉県の応援ノボリです
毎回、このノボリに元気を貰っています
一撃一撃に気持ちをこめて「集中!!
もちろんチーム全員そのように頑張りましたが残念ながら....orz

ちなみに、マスコットの「ゆりーと君」ですが、私は「ゆとーり君」だと、ずーっと思っていました。
ゆとり世代の事? 心にゆとりを持って!って事?
ずっと引っかかってましたが「んなわけない!」ですよね(^^;

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